発見相次ぐ九度山駅〜高野下駅間 No.1
九度山駅のレンガアーチ
2007年3月31日、午後に時間ができたのでデジカメと三脚を持って自走式散策に出発。予め予定していたわけではなく、これといって目的があるわけではない。先日、紀伊清水の貨物廃線を自走した後で動画を撮影した南海電車のことを頭に残っていたので、ならば夕日に映える南海電車を撮影することに鋭く決定。場所は紀伊清水から九度山の間が撮影ポイントだとネットで読んだことがあり、今回は素直に準じることにした。
「間」と書いたけど、まずは前々から気になっていた九度山駅のレンガ造りのアーチから撮影したので、間じゃないなくてずばり九度山である。カーブを越えて接近してくる電車を撮影できる場所だった。路盤沿いに桜が植わっているので、満開になるとなかなか良いポイントだと思う。私の今の技量ではそれを生かせないのだが、何事も積み重ねなので文句を言わずに修行するべしなのだ。ただし側面がほとんど見えないポイントなので桜とセットでないと少々寂しいかもしれない。数日で咲くであろうから、後日改めて来ることにする(翌日に再訪した。桜は8分咲)。いずれも動画は撮影したものの写真を撮らなかったことに今さらながら気がついた。仕方がないので別の写真を掲載しときます。
この後で九度山の駅前を自走したのだけど、いずれページを改めて書くことにします。
九度山〜高野下
断崖にへばりつくように民家と国道、そして線路が設置されている。崖の下は不動川である。帰宅後に知ったことだが、川向こうの斜面には昭和34年まで「高野山森林鉄道」という木材搬出用の軽便鉄道が通っていたらしい。この路線は高野下駅の真横も取っている。こちらは、いずれサイトを構えて追及してみたいと計画中。計画といえば、たくさん計画がありすぎて埋もれそうだ。北部紀州は全国的にみれば確かに田舎だけど、なんのなんの「北部自走式散策」のテーマに合致する「ネタ」がゴロゴロしているのである。うーん、これは嬉しい悲鳴でもあるな。
いい感じのレンガ造りアーチを見つけたので付近を自走してみることにする。アーチの下は奥から続く果物運搬用のレールが続いている。高野山町石道でも見かけたが、これは和歌山でよく見かけるものだ。アーチの上部にはレンガの積み方を変えてシンプルながらもマッチした意匠が施されている。これはJR和歌山線の高野口〜中飯降で見た「大野第2号架道橋」のそれとほぼ同じもののようだ。内壁には「ひだ」が作られており、仕事の細やかさに驚きを禁じ得ない。このアーチが作られた頃は見に来る人が多かったのだろうか(いや、それはないと思うんだが)。手前のアーチの他にも奥に同じようなアーチがあるのが見てとれる。こんな山の中になぜこれほどの構造物が設置されているのか。当然ながら疑問に思うところである。もちろん自走家たる私はその謎に敢然と立ち向かいのであった(TVみたいなあおりですね)。
ちなみにこの時点での奥のアーチに対する私の仮説は高野山森林鉄道の廃線であった。
アーチの下には果実運搬用のレールが設置されている(柿用だった)。そのレールをたぐりつつアーチをくぐる。足下のコンディションは悪い。間違ってもヒールのある靴では歩けそうもない。泥と枯れ草・木で出来ている未知なる道を征く。奥のアーチをくぐると森に出た。果物運搬用レールに沿ってせせらぎが流れていたのだが、こちらをまたぐための木造の橋(限りなくはしごに近いと代替用に設定された金属製の簡易橋が設置されていた。これは100%向こう岸にある柿畑(およびさらに奥にある線路沿いの畑)に向かわれる方のためのものだろう。
発見!
橋の向こうでレールが分岐していた。よもやこのレールが分岐していようと思っていなかったので嬉しい不意討ちを喰らったようだ。発見というものは必然的に不意討ちであるが、それだけにうれしさが倍加するようである。線路をたどるとこのレールを実際に走る列車(正確には何というのだろうか)を認めることができた。今は果実の農閑期なのでカバーを被りひっそりと今年の秋を待っていた。
さらに発見は続く。お次に登場したのは南海電鉄の先々代の社標が刻印された標柱である。先々代といえば先代のモチーフになったものであり、歯車(あるいは列車の車輪)の標側から羽根が生えているという素敵な意匠である。飛ぶように早いという意味合いが暗に込められているのだろう。往事における鉄道のステータスと鉄道に対する期待をうがわせる意匠である。一見するとドイツ軍やアメリカ空軍のウイングマークにも見えるが、ロケーション的に南海電鉄の旧社標で間違いないと思われる。
お次の発見は線路に沿って続く構造物である。向こう側は南海の線路と接しているが、こちらがわは畑に接している(九度山に近づくにつれて線路との間が広がり、そこに畑が出現する)。畑の存在や構造物の形状からして水路のだとは思うが、この場所にこれだけの構造物があることに違和感を感じぜずにはいられない。付近の方には申し訳ないが、まあ山の中であり、ましてや斜面であり、これだけのモノを作る理由がないはずだ。これで外観が新しければ、ウルグアイラウンド対策あたりを引っ張ってこれるのだが、石垣がブロックではなく石を積んだものであることを見るにつけ、それより遙かに前のものなのは明かである。先に「高野山森林鉄道の廃線」という仮説を立てたが、実際に自走してみると鉄道用ではないらしいことが分かる。まあ一言でいえば水路である。とすれば農業用だろうか。でも、このロケーションでここまでの公共投資をするとは思えないので、地元の篤志家が私費で建設したということかもしれない。
帰宅後ネットで調べてみた。こちらのページ(高野山木材運搬軌道痕発掘プロジェクト遊び)によると、九度山にかつてあった水力発電所用の導水設備だったようだ。リンクの都合でフレーム内ページをリンクしていますが、URLを削ってトップページからご覧になってください。めちゃめちゃ面白いページですよ。