紀伊清水の貨物廃線を征く No.2@北部紀州自走式散策

紀伊清水貨物廃線を自走する

露出した線路。ゾーンB 事前の下調べが奏功し、到着早々に紀伊清水の貨物廃線を発見する。期待と好奇心が高まったあまり「敵艦見ユ」の心境である・・・というのは誇張にすぎる。なぜなら事前調査で位置は人里だし、2007年1月に訪れた方のレポートをネットで拝見していたからだ。今回は未知の割合がかなり低い散策である。もっとも、あまり秘境度合いが高すぎても行けないから困るのも事実である。まあそういう所は野武士旅団の守備範囲外なので100%関係ないんだけどね。

まずは下見

年月は線路幅を広げる。ゾーンB 国道370号線を紀伊清水の駅側(東)からアプローチする。目印のコンビニが見えたら敷地に隣接している手前の道が紀伊清水の貨物廃線である。予備知識がなければなんてことのない脇道だが、予備知識があれば「なるほど線路の跡だな」ということになる。複雑そうに見えるけれど、人間なんて単純なものだ。

まずは国道を右折してゾーンBを北上する。今回も動画を作ってネットにアップするので先に下見を行うことにする。下見の順序は「B−C−A」の順だ。舗装がなされていない道を原付でゆっくりと進む。あまり急ぐと下をかみそうな道なので注意が必要だ。もっとも舗装がないので線路が見えるという恩恵もあるわけで、文句をいうわけにはいかない。

地元のお父さんにインタビュー

路肩の線路。ゾーンB ゾーンCの堤防で通りがかりのお父さん(たぶん70歳くらい)にお話をうかがう。ゾーンAには踏切付近に線路が少し残る。ゾーンBは南部30mほどを除いて全域に線路が残る。ゾーンCは線路を含め痕跡は残っていないとのこと。

お父さん情報によると、この路線は南海電鉄の砂利採石用の路線であり、昭和40年くらいまで運用されていたらしい。モータリゼーションの進展とともないトラック輸送が盛んになるにつれ、ご多分にもれずここもトラック輸送に転換されたらしい。その際に線路を撤去せずに上に土を被せてトラック用の道とした。その理由は「線路を取り去ると道に戻ってしまう。それを南海さんが好まなず、上から土を被せる方式を選んだ」らしい。ということは、線路として再度使用する可能性を常に残しておこうという当時の判断があっただろう。コスト的なことは分からないが、どちらにせよたいして違わないと思うので、再利用の可能性を残した対処は賢明な判断だったと思う。結局、線路としての再使用はなく、今は年月とともに上土が流されて線路が露出している。

ゾーンCに線路の痕跡が一切ない理由についてもうかがった。ゾーンCは廃線後にとある建設会社がマンション建設のために南海から土地を買い取ったが、下水設備の関係で計画を白紙に戻した。その後近所の方々が土地を買い取り、宅地や農地になっているらしい。それでレールが一切残っていない理由の説明がつく。とはいえ、なんとなく地形には名残が残っており、家と家の間にある果樹園がちょうどカーブだったようだ。ここで紀ノ川と平行になった線路は少し西にある保育園の近くまで伸びていたらしい。お父さんいわく「ダンプの荷台を傾けて貨車に砂利を積み込んでいた」そうだ。大和二見駅の貨物廃線(川端線川端駅)は高所からホッパーを使っていたらしいが、近いのに両者はシステムが異なることが分かった。

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