紀伊清水の貨物廃線を征く No.5@北部紀州自走式散策
ゾーンB 同化する線路
国道から南へ30mほど行くと地面から露出した線路が目に入る。廃線、すなわち線路跡なのだから当たり前といえば当たり前だが、あまりにもあっさり見つかったので拍子抜けする思いがする。夕方には近所の方が散歩道として通行するようなごくごく普通の散歩道に線路が埋まっている情景は一般的には普通ではないにしても、なぜか普通の光景に見えてしまうから不思議である。おそらく長い年月をかけて周囲と同化が行われた結果なのだろう。
ゾーンB 線路の幅
ゾーンBの線路の幅はまちまちである。もちろん元からこうだったわけではなく、移動させられたり、移動してしまったり、傾いたりした結果としてグネグネの線路が誕生したのだと思う。所どころに線路が撤去されて路肩に寄せられている場所もあるかと思えば、ゾーンBの北端のように路肩にまるで農具か何かのように集積されている所もあった。しかし、8割方は地面に埋まっているようで、位置は変われども線路の直線性は失われずに地面から顔を出している様子がうかがえる。
ゾーンB 車と線路
この道は人だけではなく、車も通るようでワダチの跡がくっきりと残っている。さすがに線路の上は走りにくいようで、北に向かって左の線をまたぐような格好でワダチが残されている。線路が傾いている場合があるが、思うに通行する車の車重で土が押された結果ではなかろうか。ちなみに車といっても近所の方や両側に隣接して広がる田畑関係の車だけだと思う。
ゾーンB 先代の社標
ゾーンBの北端にて南海電鉄の先代社標を見つけた。コンクリート製の柱タイプではなく、地面に埋め込まれた金属製の標識である。こちらには南海の「N」と南海の社章(1つ前のタイプ)が刻まれている。1つ前のタイプはウルトラマンに似ているので、昔から私は愛着を持っていた。最近になって濃さの違うオレンジマークに変わったのだが(実はこちらもセンスが良いので気に入っている)、久々に見れたので嬉しかった。ネットで調べたところ、これ先々代の社章をモチーフにしたものらしい。先々代の社章は明治時代に作られたもので、車輪に羽根が意匠されたものだったという。この社章はハグルマソース(和歌山県紀ノ川市)の社章と似ているらしい。
かつての南海電鉄と同じ社章を採用しているが、明治末期に親交のあった南海鉄道(当時)の社長の勧めで採用したものである(ただし資本関係はなく、また社章の真ん中は大八車の車輪)。
[ハグルマ - Wikipedia]
■追記 2007/04/03
高野下付近の柿畑で先々代の南海社標が刻印された標識を発見。車輪あるいは歯車の穴から2枚の羽根が出ている。一見するとドイツ軍やらアメリカ空軍の記章のようにも見えるが、南海高野線の線路の近くなのでまごうことなき南海電鉄の先々代社標である。撮影場所には新旧の社標が混在していた。頭に塗られたペンキが新しいので使える分に関しては、とりたてて取り替える必要もないのでそのまま使用しているのだろう。山の中であり柿畑関係者の方以外は付近を通行しないと思われるので、それほど痛まずに昔の姿を残していると思われる。
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