紀伊清水の貨物廃線を征く No.6@北部紀州自走式散策
ゾーンC 線路が消えた
中学校正門前の道路を渡ると線路の痕跡は一切なくなってしまう。既に理由は書いたが、きれいさっぱり無くなってしまっている。実際問題宅地やら農地やらに線路があっても邪魔で仕方がないので当たり前ではある。それに40年近く前に廃線になった廃線のことゆえ、残っているほうがむしろ奇跡に近いのかもしれない。
ゾーンC 痕跡
線路跡を顕著に示すレールはないとはいえ、地形には名残が残っている。ちょうどゾーンBの延長線上に家と家の間に位置する果樹園がある。おそらくこのあたりで線路は堤防と平行になるべくカーブしていたのではないだろうか。カーブの角度からすると正門真正面のお宅の敷地が一部線路と被っている可能性はある。「可能性」なんて書いておいてアレだけど、「No2」で登場していただいた地元のお父さんにうかがったところ、確かにカーブしていたことが判明している。思わせぶりな書き方ですみません。
ゾーンC 堤防
正門真正面のお宅の左(西)に堤防に通じる道があったのでそこを通る。この道の脇(お堂の横)にも南海の「N」が刻まれた標識柱があった。こういうブツが残っていると確証が得られたようで勇気づけられる。さて、堤防からは紀ノ川が一望できる。紀ノ川の手前には河川敷公園がある。位置的には脇道を登ってきた場所から北北西の河川敷が採石場であったのではなかろうか。ちなみに「No.2」で登場した地元のお父さんいわく、この堤防はここ10年で今の姿になったらしい。やや混乱してしまう情報だが、採石場をクローズした後に堤防を整備したということをおっしゃりたかったのだろう。ちなみに現場付近は紀ノ川が軽くカーブしているイン側にあたるので、治水工事の優先度はそれほど高くなかったかもしれない。加えて水害リスクが低いうえに石が溜まりやすいイン側だけに採石場の立地条件としては良好だったのだろう(100%ド文系である私の想像です)。
CopyRight © Nobushi-Ryodang 2003-2007 All Rights Reserved.